やんでる創価学会員の起死回生の一撃。 なにものでもない僕がなにものかになる記録

転生したらスライムだった件の第7話を観て、人間関係について考えた

アニメ「転生したらスライムだった件(転スラ)」の中で、登場人物の一人であるシズが、シズの友達とペットのような動物を敵と認識して、炎の魔法で攻撃してしまう場面があった。

 

プチトラウマになりかねない衝撃的なシーンだが、これと同じようなことがリアルの世界でもあるのではないかと、ふと思った。

 

つまり、仲間のはずの人を敵と見なして攻撃してしまうことだ。

 

具体例1

いじめられっこを敵に回すと?

 

例えば、学校や職場でいじめられっこを攻撃してしまう時も、このケースになる。本来であれば、いじめられっこは自分の世界を持っていて、その人なりに面白いことや楽しいことをいっぱい知っていて、仲良くなれば多くの発見があるだろう。しかし、その事実や可能性を無視して、生意気だとか、暗いとか、空気読めないとかの理由で無視したり、ちょっかいを出して、宝の山を自らの手で焼き尽くしてしまうことはよくあることだ。

 

本来であれば親友のように仲良くなって、お互いに楽しい時間を共有できたかもしれないのに、その可能性を信じられずにちっぽけな優越感を優先してしまう。それは実にもったいないことだ。

 

僕も、かつていじめられっこだった人と仲良くなった時に、人生を変える出会いをした。あるいじめられっこからはTRPGを教えてもらった。別のあるいじめられっこからはラノベを教えてもらった。どちらも僕の人生において無くてはならない存在になったものだ。このようにいじめられっことはいえ、宝の山を沢山持っている可能性は非常に高いし、今持っていなくても、後々持って貴重な親友になることもあるかもしれない。

 

僕の友達で今は親友と言えるような人で、高校を中退した人がいるが、今はかなりアクティブで美術館に一緒に行って楽しんだり、ゲームを一緒にして楽しんだり、自分と違うからと、はやまっていじめてたら、こういう貴重な宝物のような経験もできなかっただろう。

 

具体例2

いじめっこを敵に回すと?

 

「仲間のはずの人を敵と見なして攻撃すること」として別に考えられるのが、いじめっこを攻撃する、あるいはいじめっこと対立することだ。

 

相手からちょっかいを出してきているのだから、徹底抗戦して口論してぶっ倒すなり、徹底的に無視して距離を置こうとするのも場合によっては正しいが、別の選択肢もあるのだ。

 

僕の知り合いで、いじめっこというか人の大事なアクセサリーをぶっ壊したがる、かなり困った一面を持った人がいる。

 

その人に激怒して、その人から嫌われることは簡単だ。無視し続けて、もう関わらないと決めることも楽ではある。しかし、あえて僕はその人の話をよく聞いて、望みはなんなのかを考えてみた。

 

すると浮かび上がってきたのは、アクセサリーをぶっ壊すのは、自分自身のアクセサリーの方が良いものだとマウンティングしたいからであり、自分自身のアクセサリーに対する深すぎる愛が相手への攻撃となっていることがなんとなくわかった。

 

さらに詳しく

 

だからその人と話すときはなるべく、その人の愛するもの以上になりそうなものの話題を出さず、ひけらかさず、やむ終えず出てしまった場合は自分から謙遜するなりしてみようと思った。

 

その人はわかりやすくアクセサリーをぶっ壊したり、僕のお気に入りの携帯電話をディスったりしていたが、実はその感情は人間なら誰しも持つ感情であり、その人特有のものというわけではない。

 

良いものがあった場合、それを共有出来なければ、相手は羨ましがるし、嫉妬するし、ムカつくし、イライラするのだ。程度の差はあれど。

 

それを腹にためて陰でディスったり嫌な行動をするか、表に出してディスったり、破壊行動に走るか。あるいは自分自身の否定に走るか、自分自身を向上させるこやしにするか、人によって差はある。

 

しかし、皆イライラしているのだ!

共有できない喜びを見たら!

自分が一番としてあつかわれなかったら!

 

それでどうすればいいの?

 

世の中そのイライラを隠せる人ばかりではない。

隠せない人、隠さない人がいじめっこになるのだ。

 

うまく関わらなければならない。

そうしなければ、自分にとってマイナスだし、お互いに終わりのない争いをするのも不毛だ。

 

僕はいじめっこに対しては、相手の気持ちをできるだけ理解はする。理解した上で、絶対にゆずれないところははっきりいうし、ゆずらないことでお互いにとってメリットがあるということを明示する。

 

マウンティングする人には、自分の主張はしっかり毅然(きぜん)として、主張を通してくれたときのメリットも用意して、明らかにした方がいいだろう。

 

具体例を出せば、核兵器を持っている北朝鮮に対して、アメリカが制裁をしつつ、核兵器を手放したらメリットがあるということを主張したら、北朝鮮が核を手放す動きをしたようなものだ。

 

アメとムチを使いこなし、動機をうまく利用すれば、明らかに攻撃してくる問題児とも、うまく付き合えるだろう。

 

具体例3

身内を敵に回すと?

仲間のはずの人を敵と見なして攻撃してしまうことでよくあるのが、夫婦や恋人なのに相手を敵に見なしたり、兄弟なのに相手を敵に見なしたり。親戚なのに敵に見なしたり、友達なのに敵に見なして攻撃してしまうことはよくある。

 

愛のあるディスりならいいという場合もあるが、敏感な人だとそれすら耐えられないだろう。僕もけっこう敏感な方で、少しでもナメられたり攻撃されるとイラっとくるのだが、お互いにディスりあっていたり、ふざけて攻撃したり、ゲームで勝敗を競ったりする場合はあまり気にならないか。

 

ひどくなると、まさに先ほどのシズのように相手を焼き尽くすほどに徹底的に攻撃をして、深い傷を負わせてしまうこともあるだろう。

 

そんな時はどうすればいいのだろうか。

 

基本的には信頼関係を作っていくことだが、単純にお互いにお互いを大事にするメリットがあれば、お互いを大事にするし、お互いに共にいることにメリットが大きいなら行動が変わることもあるだろう。

(行動心理学なんかがそういうアプローチを取るのだろうか)

一方が相手を尊重すれば、返報性の法則で、お互いに尊重しあうようになるケースもある。

 

どのような行動を取れば、相手の行動が変わるのかはケースバイケースだが、相手と自分の心を育てるような気持ちで試行錯誤していくことが、良好な関係を築く鍵だ。

 

根本は相手の可能性と自分の可能性を信じる気持ちが、現状を動かしていくに違いない。

 

僕も最初はものすごい拒絶されて、何をいってもあー言えばこー言うという感じでディスってきた人がいる。しかし、ねばり強くその関係性を大切にして、相手の興味ある話をたくさん聞いたり、自分の興味ある話をしたり、家を訪問したり、家に呼んだり、相手の好みや趣味を一緒に楽しんでみたり、一緒に遊んだり、相手が作った大事なものを見せてもらったり、訪問したときに一緒に食べるお菓子や飲み物を持っていったりした。気がつけば本当に貴重な友達になっていた。

 

文字にするとなにも特別なことはしていないようだが、相手の幸せを祈って、知恵を出したことは、着実に相手に染み込んでいくだろう。

 

シズの二の舞になるなよ

とまあこんな感じで、仲間のはずの人を敵と見なして攻撃してしまうことについて考えてみたが、いかがだったろうか。僕も学会活動をする中で色んな人と出会わせていただいて、原点になるような体験を沢山させていただいた。その経験から今回のような話ができたのは感慨深い。

 

そしてこのような考察のきっかけをくれるアニメというのは、ラノベというのは、素晴らしいなと改めて思った。

 

見出しにもあるが、これを読んだポタloveパイセンには、シズの二の舞にならないことを願う。

 

仲間は大事にしろよ!

 

ではこの辺で

 

こんなのも書いたから良ければみてな↓

 

「転生したらスライムだった件」第7話を見たら、人生の裏技を覚えた|星野敬児(つぼぼ) @dashlion|note(ノート)https://note.mu/tsubobo/n/n879155eba06a

 

じゃ!

またな!( `・ω・´)ノ