やんでる創価学会員の起死回生の一撃。 なにものでもない僕がなにものかになる記録

創価青年日記~精神にクリティカルダメージ~

こんぽたは!

ポタージュです( `・x・´)ノ 

 

・四日連続唱題15分以下

タイトルにもありますが、メンタルに大ダメージをおっていたので、唱題の時間が極端に少なかったです。

 

ダメージ理由1

友達と合って自分の無力さを実感したから

 

俺は10時間唱題をしているにもかかわらず、友達の方が前進している気がして。友達はB型作業所で週五で働いてるのに俺はそこで働くのは抵抗がある。勇気がでないのか、元々やる気がないのかわからないが、行く気にならなかった。

 

あと美術館に行こうと誘ってもらったが、それも腹の調子が悪いのもあっておっくうだった。

 

一年前のブログを見たが変わってないところがいっぱいあったので、それを見てショックだったってのもある。

 

3時間唱題、10時間唱題する意味あるの?的な疑念がわいた。

 

 

唱題はまだ50万遍くらいしかやってない。本格的に人間的に成長するのは300万遍くらいやってからだろう。

 

ダメージ理由2

100万遍唱題したらペットが2日後に死んだという体験談を読んで、100万遍やる気が失せた

 

樋田氏のホームページを見たら学会員の体験談が載ってて、祈っても状況が悪くなったり、病気になったり、大事な人、大事な家族が致命的に傷ついたりする話が多かったのでなんか唱題するやる気が失せまくった。

 

俺の御本尊がニセ本尊だったら、やればやるほど罰があるので、どうしようかと。ちょっといいことがあってもそれは魔の通力の可能性もあるし。10年、20年経つと悲惨なことになってるらしい、ニセ本尊の場合は。

 

あと杉田かおるが学会の信心していたのに、借金背負わなきゃいけなくなったり、ヌードグラビアに出なきゃいけなくなったり、これはおかしいと思った。そんで日蓮正宗に行ったら、農業しながらおだやかな結婚生活を送ってるらしいので、そこもわけがわからない。

 

まあ杉田かおるの場合は池田先生に引いたりしてたらしいので、信心強盛だったかと言われると微妙だが、引いてもしかたない体験をしたようだし、メロンのお下げ渡し(池田先生の食べたメロンをみんなで回し食いすること)とか。

 

さらに信心してて、離婚する人もいるのが、疑いのもとになってる。身近な人でいるんだよね。

 

 

大御本尊や日蓮正宗を信じていた、牧口先生、戸田先生でさえ牢獄に入られた。牧口先生は殉教なされた。池田先生も捕まった時があった。日蓮正宗じゃないから安穏じゃないというのは違うかもしれない。そもそも日蓮大聖人が流罪されたり襲われたり、門下が亡くなったりして、苦労なさっている。門下の若い子供が亡くなったりもしている。熱原の三烈士もなくなっている。弟子である俺たちが苦労しないなんてことはないだろう。

 

 

日蓮正宗の信徒はおだやかな夫婦生活を送る人が多い気がする。体験談も創価学会時代は家庭不和だったが日蓮正宗時代は仲良く暮らしているというのが多いような。

 

 

これはきちんと統計とらないとわからないな。

だが家庭不和で悩んでいる学会員もいるので、そこを良くする智恵があるといいかもしれない。

 

編集後記

祈りは因果関係がわかりにくいから、ちょっとこわい面もある。もしペットの猫がそのせいで死んでしまったらやりきれない。けっこんした妻が祈ったことによってマイナスなことが起きてしまったらやりきれないな。

 

祈ることで迫害は止められず、不幸も消えないのなら、なぜこの信仰をやっているのだろうか。

 

幸せに繋がると思うからやっている。

 

幸せとはなんだろうか。

 

勝率を上げていくことかな。祈ることで、勝率が、幸せ度が上がっていくなら、信心をする意味があるのかもしれない。

 

それをレコーディング(記録)して、毎年研究するのもいいかも。自分と周りの人と世界が幸せになっていくのなら、やる意味があるのかもしれない。

 

ただ、やったから幸せになるんじゃなくて、幸せになろうと工夫を重ねるから幸せになるのかもしれないけど。

 

ではこの辺で

ポタージュでした★

また( `・x・´)ノ ヨロシクー