やんでる創価学会員の起死回生の一撃

けものフレンズと仏教等の意味が似ている名言・考え・思想的共通点(読解力ない方お断り)

テーマ「あらゆる困難を乗り越える生き方」

 

けものフレンズ名言「わーい」第一話より
仏教の名言「十界論、絶対的幸福」
心理学の名言「フロー理論」

 

サーバルの名言「わーい」。いかにも楽しそうな言動である。なんの中身もない言葉に思えるかもしれないが、この言葉と行動は非常に重要だ。第一話の冒頭にして、究極の真理の一端が明らかになっていると言える。

 

わーいとは、つまり、ものごとを楽しむことだ。狩りという人間で言う仕事のようなものも、わーいと楽しんでしまう心意気が大事だということ。

 

狩りごっこ。それは自分の実力を試しながら、相手に挑む、ゲームのような遊びのこと。狩りという仕事さえもゲームに変える「わーい」という生き方。わーいという状態について考える

 

仏教の十界論

 

仏教では、自分の生命の状態を十個に分けて考える教えがある。それが十界論だ。自分の状態を以下の十個に分ける。地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天・声聞・縁覚・菩薩・仏。

 

以下その十界(じゅっかい)について説明する。地獄界(じごくかい)はすごく苦しい、ままならない自分や他人にいかり、呪う状態。そこから少し生命力が強くなると餓鬼界(がきかい)という、うえてしょうがない、望みを叶えたくてしょうがないむさぼりの状態になる。さらに生命力が上がると、畜生界(ちくしょうかい)という本能のままに行動し、時に短絡的なおろかな状態になる。

 

さらに上がると他人を蹴落としてでも自分の望みを叶えようとする性質が出る、修羅界(しゅらかい)になる。さらに生命力が上がると人界(にんかい)という冷静な判断ができて、自分の望みを合理的に叶える土台が整う状態になる。自分をコントロールできるのだ。さらに上がると一時的に欲望を満たした喜びの天界(てんかい)の状態になる。

 

さらに上がると人の話を聞いたり、本を読んだりして知識を得て成長できる声聞界(しょうもんかい)になる。さらに上がると自らの悟りや内省、思索をして満ち足りるような状態、縁覚界(えんかくかい)になる。さらに上がると、優れた悟りを求める求道の姿勢と、自分が得たものを他者に分け与えようとする利他(りた)の行いが実践できる菩薩界(ぼさつかい)になる。

 

そして最上まで上がると、自分の生命の根源が無限の力に満ちあふれていると悟った、広大で福徳豊かな仏界(ぶっかい)の状態になる。この深い楽しさを実感している、生きているだけで幸せという状態を仏教団体創価学会では「絶対的幸福」の状態という。

 

サーバルの「わーい」は何界?

 

ここでサーバルの名言と繋がる。サーバルは狩りごっこをしているとき、わーいと楽しい状態になっている。子供のように、生きている今、この瞬間が楽しくてしょうがない状態。本能と自分の心がシンクロして自分の力を信じれる状態。この最高潮の生命状態にあることは「狩りごっこだね。負けないんだから(信じることができている)」「みゃーみゃーみゃー(本能とシンクロ)」の言葉からもわかると思う。

 

つまりサーバルは最高の生命状態、仏界(ぶっかい)に近い状態になっているのだ。ただ仏界は厳密に言うと、仏道修行をしないと出てこない特別な状態だと言われている。だからここでは、仏界のような非常に高い生命状態になっているとする。

 

サーバルは野生で生きている中で、かばんに優しい言葉をかけたり、優しく見守ったりできるので、やはり高い生命状態を示す菩薩界(ぼさつかい)を一部出していると言える。サーバルのように生きることを楽しんでいると、他人にも優しくできるのだ。つまりなぜ、サーバルは元気で楽しく優しくあれるのかというと、簡単に言えば、わーいと言ってなんでも楽しもうとしているからなのだ。

 

現代心理学にフロー理論というものがある。挑戦することが難しいことであって、自分自身の能力が高いことを実感できる状態であるとき、最高のパフォーマンスを出せて、最高の集中を出せるという話だ。そんなフロー状態になること。まさにサーバルの「わーい状態」である。

 

おそらく日常的に行う狩りごっこの中で、足の早い動物や力の強い動物たちと難しい挑戦をクリアしてきたサーバル。自分の能力を高めてきて、狩りごっこの集中の中でパフォーマンスを最大限発揮させることを習慣化してきたのだろう。そんなサーバルだからかばんとの狩りごっこの中ですぐに「わーい状態」に入って、最高のパフォーマンス、最高の集中を発揮できたのだ。

 

フロー状態改め、わーい状態に入りやすい性格というのがある。それはオートテリック的な性格だ。

逆境になればなるほど強くなる性格、自己目的的(オートテリック)パーソナリティを少し説明する。

 

その性格の人は、挑戦するハードルが高ければ高いほど、集中力、楽しさ、幸福感、活動度、自分に対する満足のレベルが、そうでない人(ノン・オートテリック)よりも高い相関をもって上昇する。

 

別の言い方をすれば、オートテリックな人はノン・オートテリックな人に比べ、挑戦のレベルが高くなればなるほど、その活動に集中し、その活動を楽しみ、より積極的にその活動に取り組み、より高いレベルの幸福感と満足感を経験するのである。

 

さらにオートテリックな人は、基本的には人間が能力レベルを上げるために最適な目標点である発達の最近接領域(ヴィゴツキー.1978)というレベル(自分のもつ能力のレベルよりもわずかに高い挑戦のレベル)に自らをおき、その状態を楽しみながら、自らの能力を高めていくことのできる人々である。

 

一方、ノンオートテリックな人は、挑戦活動を避け、安逸な日常に身を置く人々のイメージが重なり合う。意識を単純な活動に向けさえすれば、挑戦のレベルの低い安逸の世界に不安感はない。しかし、当然のことながらそこには、日々の生活を彩る、体を熱くするような充実感も存在しないのである。


つまりサーバルのように日頃から狩りごっこという適度な挑戦をして、自分の能力を上げている人は、高い幸福感と満足感を得ながら、集中し、生きることを楽しみ、菩薩界や仏界に近い、高い生命状態になっているといえる。

 

けものフレンズの名言「わーい」。あなたも日々適度な課題に挑戦し、わーいと言いながら、なすべき課題を楽しむ性格になろう。最近接領域(ちょっと高めのハードルがある場所)に自分をおく訓練をして、生命力を上げて、人生を謳歌しようではないか。

 

以上が、けものフレンズと仏教と心理学の思想的共通点だ。

 

参考になるところがあったらブックマークしてまた見てね。はてなブックマークは現在動かないので、スマホやパソコンのブラウザでブックマークしてください。

 

ではこの辺で
星野敬児でした★
じゃーねー\(* ̄∇ ̄*)/